2002年 3月のフィールドノートから

3月3日(日)曇り 湯湾岳周辺など

 いやあ、面白い面白い。藤本さんに案内していただいて湯湾岳周辺の山を歩く。普段一人では入らないようなポイントに連れていってもらい、植物等についていろいろと教えていただいた。

 最初に行ったのはジワ岳山域の某スポット。ここには人為的に造られた謎の石組みがあるという。車から降りた藤本さんは、道なき道を早足でどんどん歩いていく。幸い必死についていくこと数分でそのポイントに着いた。なるほどそこは険しい山の中腹で、ふもとの集落から相当な距離があるにもかかわらず、幅約15メートル、長さ約50メートルにわたって50センチ程の石積みが続いている。村役場に問い合わせてもいつの時代に誰が何の目的で積んだものかわからないとか。長雲峠にもあるような倭寇除けの隠れ家だったのか、それとも何らかの祭祀に使われたものか。そのあたりの知識に疎い自分には謎のままであった。付近の植生も特徴的で、バリバリノキやサルスベリの大木が立ち、奄美には珍しいニワトコが美しい新緑の葉を茂らせていた。

 次に行った岩場は希少植物の宝庫であった。岩場にはりつくように生えているアマミイワウチワ、かろうじて株が残っているウケユリ。いずれも奄美固有の大切な植物。急峻なために岩場の全貌をとらえるのは至難の業だが、こんな場所ならばまだ野生のリュウキュウアセビだっても残っているんじゃないかと希望が湧いてくる。リュウキュウミヤマシキミの花の芳しい香りを鼻腔に感じながら、ポイントを後にする。

 最後に連れて行ってもらったのは、冬虫夏草の多生するポイント。一見ただの落ち葉が積もったシイ林だと思って歩いていると、藤本さんが「あった」と指をさす。しゃがみこみ地面に顔を近づけて観てみると、1~2センチくらいの黒っぽいひなびたキノコの姿が結構あちらこちらにあるではないか。これがハナヤスリタケという冬虫夏草だという。さらに目を凝らすとひと回り大きいものが…。こちらは奄美固有のクビジロアマミタンポタケ。冬虫夏草というと昆虫の体から生えた不気味なキノコを思い浮かべるが、本日観た2種はいずれもツチダンゴ菌につくもので菌生冬虫夏草というらしい。菌に寄生する菌というのもまた不思議な存在である。

 奄美の森にはまだまだ知らないことがいっぱいある。いやあ、面白い面白い。

▲リュウキュウミヤマシキミの芳しい花。
▲菌生冬虫夏草のクビジロアマミタンポタケ。よく見ると付け根にツチダンゴ菌の塊が見える。

3月19日(火)晴れ 龍郷町自然観察の森

 昼夜逆転したオオトラツグミの定点調査、一斉調査、追加調査がひと通り終わり、久しぶりに落ち着いた朝、自然観察の森へとやってきた。川口和範さんの話では、ここでいままさにルリカケスが営巣中なのだという。オオトラツグミばかりではない。いまは奄美の森の鳥たちにとって大切な繁殖期。さっそく観察にでかけた。

 明るい陽射しを浴びた新緑の森に入ると、あちこちからアカヒゲの声が聞こえる。耳を澄ますと、オーストンオオアカゲラのドラミング、コゲラのビーという地味な声、どこでも元気なヒヨドリの声。そして、お目当てのルリカケスの悪声。声のする方向に近づいてみる。ルリカケスは暗い森を好む。シイの木がこんもりと茂った薄暗い森で目を凝らしていると、前方の幹からルリカケスが飛び出した。シイに開いた洞を巣穴として利用しているらしい。

 巣穴に向けてビデオカメラをセットしたまま、親鳥を刺激しないようにその場を離れる。自然観察の森をゆっくり一周し、40分後に回収。

 自宅に戻って再生してみると、巣穴に出入りするルリカケスの姿が写っていた。最初は片方の親が餌らしきものをくわえて巣穴に入り、そいつが出た後、10分くらいして今度は両方の親がほぼ同時に巣穴に入っていく様子をビデオカメラはきちんととらえていた。巣穴の中にはすでにヒナがいるのだろう。驚かさないように、そっと巣立ちまで見守っていこう。

▲左下の巣穴に飛び込もうとする瞬間のルリカケス

3月28日(木)晴れ 大和村フォレストポリス

 昨年ここでオーストンオオアカゲラが営巣したので、今年はどんな具合だろうかと観にいってみた。到着早々にオーストンオオアカゲラの鳴き声がしたので目をやると、1羽のオスが時折声を出しながらゆっくりとシイの太い幹を登っていく。営巣に適した木かどうかを下調べでもしているのだろうか。ともあれ巣づくりはこれからのようだ。

 すぐ上から聞きなれない複雑な節回しの声が聞こえてきた。この声、誰だっけと探す。枝に止まったルリビタキを発見。背面は青くないが、若雄なのだろうか。覚束なげに覚えたての歌を小声で聞かせてくれた。その震えるような声に耳を傾けていると、ビッと耳障りな声が届く。アトリが1羽、地面で餌を探しているのだった。ルリビタキもアトリももうすぐ北へ渡る。歌の稽古も腹ごしらえもそのための大切な準備なのだ。

 アトリを目で追っていると、すぐ近くに大きな鳥の姿を発見。カラスバトだ。シイの実やタブの実が好物の大食漢が地面で一心に餌を探している。見た感じカラスバトの食欲を満たしそうな大きな餌は落ちてなさそうなのだが、何が目的なのだろう。草の実か昆虫でも探しているのか? 結局わからずじまいのまま、カラスバトは飛んでいってしまった。

 見上げるとヤマビワの花が咲いていた。

▲林床で餌を探すカラスバト