2004年 2月のフィールドノートから

2月7日(土) 曇り 某林道

 ある林道を昼間車で走っていると、ギョッとする光景に出会った。アマミノクロウサギ成獣の死体である。死体は半身しか残っておらず、周囲に血のついた骨が多数散乱している。外敵に捕食されたあとの無残な姿であることは一目瞭然。原始的で無防備なアマミノクロウサギがこんにちまで奄美で生き長らえてくることができたのは、強力な捕食者がいなかったからである。人間が捕食者になった時代もあったかもしれないが、特別天然記念物に指定されてからは、クロウサギにとっては再び楽園が訪れたはずだった。しかしいま、その楽園に魔の手が忍び寄っている。マングース、野ネコ、野イヌなどの肉食の外来種たちだ。人間の手により意識的にあるいは無意識的に放されたそれらの肉食獣たちが奄美の固有種を襲いはじめたのだ。このクロウサギを襲ったのは半ば野生化したイヌだろうと想定されるが、元々は誰かの飼い犬だったのだろう。無責任な人間の行動が島の生態系に及ぼす影響はとても大きい。

▲食い荒らされて無残な姿となったアマミノクロウサギ。

2月8日(日) 小雨 宇検村湯湾

 8時から湯湾集落周辺で探鳥会が行われる。かつてここは干潟で、シギチやカモ類が多数立ち寄る探鳥地であったらしいが、いまは埋め立てられて見る影もない。わずかに調整池に奄美では珍しい海ガモが入る。今季はそれもキンクロハジロ4羽のみと、寂しい限りである。例年この時期にはヒカンザクラが満開なのだが、今年は開花が遅い。鮮紅色の花にはメジロの緑色がよく似合う。でも、花がないのでメジロもいない。それでも咲き始めた花の下ではツグミ、シロハラ、アカハラなどがさかんに行き来している。どうやら地面に落ちたシャリンバイの実を探しているようだ。こいつらを狙ってバンディングをすることにした。

 ツグミやシロハラがそうそうにかかる。目論見通りである。さらにキセキレイ、ジョウビタキと続いて、ウグイスらしき鳥が。ウグイスはオスよりもメスのほうがひと回り小さいが、捕まった鳥は通常のメスよりもさらに小さい。心持ちスマートで、眉斑も長い。ムジセッカかなと思うものの、確証がない。ムジセッカは八重山では越冬しているし、トカラでも毎年観察されているらしい。であれば両者の間の奄美でも観られてももいいはずなのに、なぜか観察記録がない。結局その場では確証が持てず、写真と測定値で後日友人に問い合せることに。数日後、種名が判明。やはりムジセッカであった。ムジセッカは奄美でも少数越冬している可能性がある。バンディングで新知見が広がるのは嬉しい。

▲ウグイスの小型個体かと思いきや、ムジセッカであった。

番外編 2月22日(日) 晴れ 大分県九重町飯田高原

 奄美野鳥の会の会員でもいらっしゃる北九州在住の岡田夫妻から、九重でのバードウォッチングのお誘いを受ける。夫妻とは昨年のオオトラツグミ一斉調査で知り合った仲だが、同郷ということもあり、親切にしていただいている。冬の九重といえば、もちろん目的はキアオジである。この珍鳥はここ数年、冬になるとシラガホオジロの群れに混じって、ここへ飛来しているのだ。果たして、憧れの鳥に出会えるかどうか。

 レンタカーを飛ばして九重入り。岡田さんによると、ポイントは目の前に広がる広大な田んぼのどこかだという。幸い天気はよいものの、風がすこぶる冷たい。南国奄美から着いたばかりの人間にはとりわけ堪える。震えながら観察しても、ヒバリやタヒバリ、ミヤマガラスくらいしか目に入らない。岡田さんの知り合いのバードウォッチャーと合流。そちらの情報によると、シラガホオジロはビニールハウスのそばで目撃されているらしい。さっそくそちらへ行ってみることに。下草の中から、ホオジロ科独特の地鳴きが聞こえる。ホオジロとは違って一声で、アオジよりも強い。シラガホオジロだ。すでに夏羽に近い美しいオスもいる。10羽ほどの小軍である。丹念に探すがキアオジは混じっていない。近くで今度はシラガホオジロ20羽ほどの別の群れを発見。残念、こちらにもキアオジは入っていない。落胆していると、岡田さんが「いた、キアオジ!」というではないか。フィールドスコープをのぞかせてもらうと、頭から胸にかけてが黄色に染まったホオジロがビニールハウスのフレームの上にいた。寒さを忘れてしばし見とれた。

 その晩、岡田さんと酌み交わした酒が無上のおいしさであったことはいうまでもない。

▲キアオジのオス。腰のあたりはシラガホオジロと同じく茶褐色。(写真:岡田徹さん)