2007年 3月のフィールドノートから

3月6日(火) 龍郷町自然観察の森

 前園さんに教えていただいたベニツチカメムシの集団越冬を観にいく。ボロボロノキを食草とするこのカメムシは親が子育てを行う亜社会性の昆虫である。冬場は集団で固まって越冬する性質を持ち、以前別の場所で観察したことはあったが、久しくお目にかかっていなかったのだ。今日は啓蟄であり本来ならば冬籠りの蟲たちが這い出す日とされているが、昨日から急に冷え込んだので集まっているのでないかと期待して足を伸ばしてみた。

 教えていただいた場所でボロボロノキはすぐに見つかったが、肝心のベニツチカメムシはいない。すでに分散してしまったかと落胆しかけて、ふと付近の低木に目をやると、いたいた! 重なるように体を密着させた集団が4つ。それぞれ50、30、20、20個体くらいの集団か。なんとも毒々しい色の塊である。1頭だけでも結構けばけばしい警告色が、これだけ集まるといっそう効果的に働くのだろう。これも捕食者から身を守る虫たちの知恵なのだ。

▲1枚の葉に群がって越冬するベニツチカメムシ。

3月14日(水) 奄美市古見方

 古見方地区の大川下流域は旧名瀬市で最も広い農耕地である。かつては水田も広がっていたというが、それはもうずい分昔の話で、ボクが移住したときにはもう野菜畑やフルーツ栽培の温室にとって代わられていた。それがまた大きく様変わりしようとしている。ここのところ畑作地にサトウキビが植えつけられているのだ。水田から畑作地に転換した際に湿地は激減した。それでも水を張って作付けする田芋などが植えてあったときにはまさ水気があった。これからサトウキビ畑が増えてくるとますます乾燥化が進むだろう。

 アジアの各地で、そして日本各地においても、湿地の減少とともに湿原性の野鳥が数を減らしている。この傾向は奄美でも顕著で、リュウキュウヨシゴイやヒクイナなどは急激に数が少なくなっている。逆に増えているのは乾燥した畑地を好む、ミフウズラ。現在は古見方でも普通に観ることができる。渡りで北へ帰る直前の冬鳥に標識しようとバンディングを行ったところ、1羽捕獲することもできた。一見ウズラのように見えるが、キジ目ではなくツル目に属するこの鳥は、一妻多夫性でメスのほうが大きく、美しい。夏の早朝、小さなヒナを引き連れて子育てを行う地味なオスは実にけなげなのである。

▲ミフウズラのメス。足指が3本しかないのもこの鳥の特徴。

3月19日(月) 奄美市金作原

 昨日第14回オオトラツグミさえずり一斉調査が行われた。ボクは金作原地区のリーダーを任され、調査員の総勢29名という陣容で本番を迎えた。その結果、過去最高の29羽のさえずりを記録。中央林道全体でもさえずり個体の確認数は78羽と過去最高を更新した。林業の衰退とともに、幸いにも奄美の森林は回復傾向にある。環境省のマングース駆除の成果も少しずつ現れ始めているに違いない。単年度の数字で個体数が増えたと断じては危険だが、少なくともここ数年間オオトラツグミ確認数に減少傾向が見られない事実は素直に喜ぶべきだと思う。

 ふた月くらい前から少しずつ準備した一斉調査がついに終わった。安堵と同時に一抹のもの寂しさが胸に残る。本日は最後の仕事として、林道500mごとにぶらさげた目印の距離表示板の撤去を行う。ひとりで黙々とこなす作業には、一昨日メンバーとわいわいやりながら楽しく設置したのとは正反対で、「祭りの終わり感」が色濃く漂っている。顔に降り注ぐ小雨がさらに寂寥感を追い討ちする。そんなひとり作業のさなか、林床でひっそりと咲くアマミエビネの花を発見。見つけられるとすぐに盗採されてしまう可憐な花が、ボクの気持ちを慰めてくれるようだった。

▲雨に濡れるアマミエビネの美しい花